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まずは午前10時に宮司さん以下神職の方々が立て砂前の茅の輪をくぐり初めします。
そして賀茂祭の前の禊(みそぎ)と同じように橋殿の上で人形(ひとがた)を流す

夜の人形(ひとがた)流し
大変蒸し暑く夕立の心配がされる中、、雅楽が格調高く囃され、お昼と同じように茅の輪をくぐってから橋殿に参進されます。
おはらいののち、宮司様が中臣大祓(なかとみのおおはらえ)という祝詞(のりと)を奏上し、篝火が照らす「ならの小川」に人形をさらさらと流されます。その数2万枚だそうです

ならの小川の篝火
茅の輪くぐり

茅の輪をくぐるときの習わしは、
「水無月の 夏越の祓する人は 千歳の命のぶといふなり」と暗唱し
左・右・左とくぐります。
一連の儀式が終わるやいなや、大粒の雨が落ちてきた本年6月の禊でした
あいにくの曇り空の七夕ですが、和花の世界の出合いをご紹介します
まずは桔梗 万葉集・山上憶良が詠んだ秋草の歌に出てくる最後、
朝貌(アサガオ)の花と詠まれているのが今のキキョウです。
当時は朝に咲く花をアサガオと呼んでいたそうですが、
現代のアサガオは漢方薬で別名 牽牛子(ケンゴシ)と呼ばれ下剤の効果があるとか。
全く関連がないわけではないのですが、桔梗はなぜか七夕の牽牛に見立てられます。
次に唐糸草 ピンクのうぶ毛のような繊細な糸を広がらせるカライトソウは
その名に付く糸から織女に見立てられます

昔の風流人は、いとも典雅な結びつきを季節事に考えられたものだと・・
ちなみに何故アサガオが牽牛子と呼ばれたかは、
昔々、具合の悪い王様にある少年がアサガオの種を薬として献上したとか。
この種を服した王様は回復し、褒美に牛を一頭与えられ牽いて帰ったそうです・・中国の言い伝えより
足下には半夏生(ハンゲショウ) を
7月7日の七夕は、もともと中国の魔除けの故事にはじまり
いつしか牽牛・織女の伝説とリンクしたようです。
機織りの上達をまた詩歌などの芸事の上達をも祈られていました。
「乞巧奠」(きっこうでん)という平安時代宮中の儀式が
賀茂曲水の宴で歌を詠まれる冷泉家で続いています。
庭に星の座が作られ、牽牛と織女へのお供え物がきらびやかな飾りと一緒に供えられ、七夕を詠んだ歌が梶の葉に記されます。

この葉の形は、自然が作り出したとは思えないほど角張っているので、
いにしえの人々は夜空の星への思いをこの葉に模したのでしょうか。