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2009/03/31

北大路魯山人生誕の地

ご覧いただきありがとうございます

以前、上賀茂の郷土史を研究されている方から、
上賀茂小学校の資料室から一枚の古地図が見つかって
北大路魯山人の生家があった位置が特定できたと
お伺いしました

それを記念して、太田神社前に
魯山人の誕生日である3月23日に
門川市長揮毫の碑と案内板が立ちました

090325_0909~02.jpg

 


案内板に次のように記されております

北大路魯山人生誕地

北大路魯山人は明治16(1883)年3月23日、ここ上賀茂の地
でうまれた。当時流行の「一字書き」で次々と受賞を重ね、一
字書きの名手として名を上げるなど、幼少時代から非凡な才能を発揮
した。明治37年(21歳)に。日本美術展覧会に隷書「千字紋」を出
品し、一等賞を受賞。その後書や篆刻、看板文字を制作し、併せて古
美術と料理にも興味を持つようになった。

 大正14年(42歳)に東京で「星岡茶寮」を開設し、仕入れ、調
理などに卓越した技量を発揮して、美食家としてもその名を世間に知
らしめた。昭和2年(44歳)に星岡茶寮で用いいるため、北鎌倉に
「星岡窯」を築き本格的に作陶を始め、多数の優れた作品を残した。

魯山人は、書、篆刻、陶芸、料理など幅広い分野で人並み外れた優
れた業績を残し、昭和30年(55歳)に重要無形文化財(人間国宝)
の認定を打診されたが、固辞した。美の追究に一生涯を掛けた偉大な
巨人であったが、世間の名声には全く無頓着であった。昭和34
(1959)年12月21日、76歳で横浜の地で逝去し、京都西賀茂
の小谷墓地に葬られている

平成21年3月23日

上賀茂自治連合会、上賀茂社会福祉協議会、賀茂県主同族会
賀茂文化研究会、賀茂別雷神社、京都市

 

前にも書かせて頂きましたが
魯山人が眠る小谷墓地は送り火の船形のたもとです。

そして生誕の地が明らかになったということは大変意義深く、
碑が出来たことによって今後も語り継がれていくと思います

ご覧いただきありがとうございました